長という立場上、各学級で発行される学年・学級通信に目を通し、決裁する(OKを出す)のが仕事なのですが、通信を読んで「本当にそうだなあ…。」と深くうなずいてしまうことがよくあります。今回はそのひとつを紹介したいと思います。
<4年生学年通信より抜粋>
最近、子どもたちの話に耳を傾けていると、『○○(名前)が、あおって来る』とか『○○(名前)と△△(名前)が、あおり合いをした』ということをよく聞きます。数年前に「自動車のあおり運転」が社会で問題になりましたが、子どもたちが使う『あおる』は「相手をののしる」「挑発する」というような意味みたいです。
こういう表現が広がった背景には、SNSやネット掲示板があるようですが、子どもたちが使うようになったということは、おそらくインターネットだと思います。以前、オンラインゲームの中で子どもたちが一緒にプレイしている仲間(時には、知らない誰か)を、ひどい言葉でののしっているという話を聞いたことがあります。以前、子どもたちに動画配信サイトでどういうものを見ているのか聞いたことがあるのですが、結構多かったのが『ゲームの攻略系動画』でした。Youtubeで検索してみると人気のオンラインゲーム関連の動画が多く投稿されており、その動画から聞こえる子どもの声はまさに『あおり合い』でした。うちの学校の子どもたちが、そういう世界に身を投じているのかどうかはわかりませんが、少なからずこういうものを見て始まったのではないかと思われます。
リアルな社会では、優しさとか思いやりとかを大切にするように指導したり、学習の機会を設定したりしているのに、仮想世界では「あおり合い」「暴言の言い合い」が広がっているというのが悲しい現実です。
私たち大人の責務は、この現状を黙認するのではなく、目の前の子どもが仮想世界の乱れに入り込まないようにしっかりと見守り、生身の人間の温かみを実感させてあげることだと思います。
この通信を読んで、「生身の人間の温かみを実感させてあげること」…まさにその通りだなと思いました。一人ひとりの子どもにしっかり丁寧に温かく関わってあげないと…と気持ちを新たにしたのですが…、
実は、その後に読んだK先生による教職員向けの通信「教育相談だより」の記事によって、再び深く反省することになりました。
<教育相談だよりより抜粋>
話は変わりますが、職員室にはたくさんの子どもたちが、用事があってやってきます。委員会や学級の用事で鍵を借りにくる子もいます。その子どもたちの大半は、「失礼しまーす。〇年△組の□※△・・・です。■□の鍵を取りに来ましたー。」という決まり文句を呪文のようにすごいスピードで言いながら、もう体は鍵と学級札とを換えています。もはや6年児童の小声&猛スピードは私には聞き取れません。顔を見れば誰だかわかりますが、一応「え?誰?もう一回言って!」と言うと、けげんそうな顔で言い直して鍵を持っていきます。6年生は知っているのです。ドキドキしながら職員室の入り口で「失礼します・・・」と言っても、職員室の大人が顔も上げずに返事することを。気づいて反省しました。「失礼します…」と聞こえたら、顔を上げてなるべくその子の顔を見て聞くようにしています。このごろは、顔を上げて返事してくれた人に向かって「・・・鍵を借りに来ました。」と言ってくれるようになりました。
『相手意識』って大事ですね。職員室っていろんな人がいるから誰に言っていいのかわからなかったのでしょう。「あなたの話を聞いていますよ」という態度で聴くことを続けていきたいです。
子どもはやっぱり「してもらう」方が先なんだと思います。「話が聴いてもらえる」から「人の話が聴けるようになる」、「愛されている(大切にされている)実感がある」から「人を愛する(大切にする)ことができる」というのが本当なんだろうなとつくづく思います。「大人の都合」を言い訳にしていちゃダメですよね…反省しきりです。