1年生担任のT先生が、にっこり微笑みながら「はい!まずは鼻の穴を描きます~!」とあっけらかんと言うもんだから、子どもたちの方が「鼻の孔から…?」ときょとんとした表情になっていました。
1年生の図工。今日は運動会を精一杯頑張った自分自身の顔を画用紙いっぱいに描きます。でもスタートは「鼻の孔」から…。子どもたちは「顔」を描くのに、まさか「鼻の孔」から描くなんてこと今までしたことがないのでしょう。頭が???のまま、それでも先生を信じて、おそるおそる描き始めます。
「鼻の孔が描けたら、鼻を描いて、その次は口です。まずは唇があるでしょう…それから歯も見えるね…。」実際に、子どもたちに鼻や口や目の形を自分で確認させながら、描き進めていきます。
はじめは、半信半疑の子どもたちでしたが、次第に思い切りがよくなってきました。「なんやこれ!気持ちわる~!」なんて言いながらも、描くのが楽しくなってきたのかどんどん笑顔になっていきます。
顔を描くのに鼻から、つまり真ん中から描いていく…。一見、普通じゃないように思えますが、小学校の図工の世界では、昭和の時代からの「常識」です。「酒井式」と呼ばれる方法で、顔を描く時に、「鼻→口→目→眉毛→顎→輪郭→耳→髪の毛…」という順番で、中から外へ外へと描き進める方法です。この順番で描くことによって、どの子の絵も小さくならず、めいっぱい大きく、ダイナミックになっていきます。
そして、「酒井式」の大事なところは、子どもたちに顔のパーツをひとつずつ触らせて、形や大きさを確認させながら描かせるところです。「口には、唇があるね。」「目にはまつ毛が生えている。」「首の太さは、口の幅より広いねえ。」「髪の毛はどこから生えてきてる?」…きちんと自分の顔を触って、顔のパーツを確認しながら描き進めていきます。
そうすると不思議なことに、どの子の絵(顔)にも生命感というか、生き生き感があふれてきます。大きすぎて、頭なんかはみ出している絵もたくさんありますが、なんとも言えず「子どもらしい(=子どもしか描けない)作品」に仕上がっていきます。
子どもの絵というのは、描く対象に対しての「思い」やその時の「気持ち」がはっきりと現れます。目の前で見た「牛の大きさ」が印象的なら、牛の絵はめっちゃ大きく描きます。収穫したさつまいもがずしんと重い大きなものだったら、その絵も大きくずっしりしたものに自然となります。「見たまんま」「感じたまんま」が絵になります。
今回は、自分の顔を触りながら、顔をメインにどか~んと描いていきますから、当然腕や足を描くスペースはほとんどなくなります。でも子どもたちは、少しの空いたスペースに腕や足を、ねじ込んで描きます。曲がっていようが歪んでいようが、無理やり押し込みます。これがまた、子どもらしい「味」になって、素晴らしい作品が生まれます。子どもしかできない名人芸であり、神業です。
最近は、タブレットがありますから調べたいことを調べたり、描きたいものの画像を検索して、それを画用紙に描き写すことが手軽にできるようになりました。しかし、タブレットにある画像を見て、それを画用紙に描くのは、単なる「描き写し」、所詮「2次元→2次元」ですから、そこにはなかなか「味」や「面白さ」は出てきません。やはり子どもの絵は、目の前にある「3次元」の本物を、その本物に対する「思い」も含めて、無理やり「2次元」の画用紙にぶち込むからこそ、「味」と「魅力」が生まれてくるのだと思っています。
1年生の作品の仕上がりがとても楽しみです。きっと、めっちゃがんばった運動会への満足感も絵に現れてくるでしょう。