今日から家庭訪問が始まります。短い訪問時間ですが、どうぞよろしくお願いします。
さて、今日は高学年の授業をじっくりと見て回りました。5年生では道徳の時間、「あいさつの心」という題材で、「あいさつの大切さ(礼儀)」について考える授業でした。
道徳の授業(学習)というと、ひょっとすると「よりよく生きるために大切な道徳的価値」を教わる学習だと思われているかもしれませんが、厳密にいうとちょっと違います。
学習指導要領(文科省)の道徳の目標には、「…よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため,道徳的諸価値についての理解を基に,自己を見つめ,物事を多面的・多角的に考え,自己の生き方についての考えを深める学習を通して,道徳的な判断力,心情,実践意欲と態度を育てる。」とあります。大切なのは「道徳的価値についての理解を基に…」という部分です。「あいさつは大切です。」とか「正直に誠実に生きることが大切」、「思いやりの心をもちましょう」などの道徳的価値は、学習しなくても子どもたちは当然知っている、わかっているのです。大切なことは重々知ったうえで、その価値について、「もう少し深く考えてみる」とか、「わかっていてもなかなかそうはできない人間の弱さに寄り添ってみる」とか、「ちょっと自分の心とにらめっこして、これからの自分の生き方や行動について考え直してみる」というのが、「道徳的価値についての理解を基に…」ということで、道徳の学習をする値打ちになります。
今日子どもたちは、「あいさつがなぜ大切なのか…」を題材文の主人公の心情に寄り添いながら改めて深く考えていました。
「あいさつ」といえば…、私(校長)が赴任して一年。この一年間で子どもたちはよくあいさつができるようになりました。それは先生たちも実感していますし、学校評価(学校アンケート)の子どもたち自身の回答からもよくわかります。自分から元気にあいさつできる子はまだまだ限られていますが、たいていの子どもたちはちゃんと目を合わせてあいさつができます。最近は、あいさつと一緒にハイタッチをしてくれる子も増えました。照れくさくて、あまり声は出なくても、丁寧に会釈をしてあいさつをする子もいます。
毎朝校門に立って、できるだけ一人ひとりの子と目を合わせて、ニコニコ顔でお辞儀をしながら「おはようございます」と声をかけてきました。「あいさつをしなさい。」と指導したことは一度もありません。あいさつが返ってこようが、無視されようが、ただひたすらに笑顔で「おはようございます。」というのが私のポリシーです。
ややもすると我々教職員は、「子どもは学校に来るのが当たり前。時間になったら教室にそろっているのが当たり前。」と横着に考えてしまいがちです。そうではなく、子どもたちも毎日いろんな思いを背負いながら、それでも学校に期待して登校してきてくれる…そう思うと、「今日もよく来てくれたね・・・頑張ってこられたね。ありがとう。」という気持ちで、自然と子どもに頭を下げてしまいます。今改めて考えると私(校長)にとってのあいさつとは、「あなたのことを大切に思っていますよ。今日もあなたに会えて嬉しいよ。」というメッセージを伝える行為なのかもしれないなと思っています。
今日の道徳の授業で、5年生の子どもたちは「あいさつの大切さ」について、「する方もされる方もお互いが気持ちよくなる」、「元気がでる」、「よし、はじまるぞ!やるぞ!と元気がでる」、「みんながなかよくなれる」などの、今までよりも少し深くて値打ちがある「価値」を見出せたようです。口には出さなくても、きっとどの子も「ぼく(わたし)って、ちゃんとあいさつできてるかな…あんまり深く考えてないよな…」などと自分の心とにらめっこしたはずです。ちょっと落ち着いて、「自分の心とにらめっこ」するのが道徳の学習の値打ちなのだと思います。



