親という字は、「木の上に立って見る」と書きます。「木の上に立って見る」
とは、『親心』のことを言っているのでしょう。
昔(ずいぶん昔ですが・・・)は、子どもを丁稚・奉公に出す家が多くありまし
た。丁稚・奉公に子どもを送り出す親は、子どもの姿が小さくなって見えな
くなるまで見送ったものでしょう。
そして、木の上に登って、遠い町にいる子どものことを思ったのでしょう。
このようなことは、遠い昔の話となってしまいましたが、この『親心』は、
今も同じだと思います。
子どもが遠くで生活をする時、娘を嫁に出す時など、木の上に登って子ども
を送ることはないでしょうが、子どもを送る気持ちは、いつの時代になっても
同じだと思います。子どもを送り出す時、遠くにいる子どもを思う気持ちは、
『木の上に登ってまでも、子どものことを思う』のではないでしょうか。
子どもたちを遠くに出さなくても、学校に行っている子どもたちのことを思う
気持ちも同じことだと思います。「しっかり勉強をしているだろうか?」「いじ
められてはいないだろうか?」など。
親にとっては、子どもはいくつになっても、子どもなのです。子どもを思う
『親心』を大切にしたいものです。