八日市市の時代の中村文幸教育長が、「啐啄同時」の話を
よくされました。
親鳥が卵を抱いて二十一日、孵化の時機が到来して、卵の
中の雛鳥が殻を破ってまさに生まれ出ようとする時、卵の殻
を内側からつつく。
これを「啐(そつ)」といいます。
ちょうどその時、親鳥が外から同一点をつつく。
これを「啄(たく)」といいます。
この「機を得て、両者相応ずる得がたい好機」を
「啐啄同時(そったくどうじ)」または「啐啄の迅機」というのです。
親鳥の啄が一瞬でもあやまると、中の雛のいのちがあぶない。
早くてもいけない、遅くてもいけない、場所がズレてもいけない。
まことに大事な、それだけに危険な一瞬であり、一点です。
教育長は、「教育とは、このように教師や親の指導性と子どもの
自発性がマッチした時はじめて効果を挙げるものです。」話され
ました。
この頃は、雛は孵卵機から生まれますので、啐啄同時はないの
ですが・・・。
教育長は、「一日待てば子どもがひとりでに覚えることを、いま教
えなくてはと、力んで無駄骨を折ったり、そうかと思うと、教えなく
てはならない大事な時機をのがして、手遅れになり困ってる人が
います。
子どもの教育は、その心身の成長発達の段階に応じて適時適切
に、おこなわれなくてはむしろ有害でもあります。」と話されました。
子どもの教育に限らず、夫婦間においても交友関係においても、
またビジネスの面においても「啐啄の迅機」をとらえる眼を具え、
「啐啄同時」の実践をしたいものです。