一昨年の3月11日に発生した東日本大震災はとうてい忘れることができないもの
ですが、18年前の今日(1月17日)も忘れることのできない日でもあります。
1995(平成7)年1月17日午前5時46分27秒。それは、突然襲ってきました。
---阪神・淡路大震災---
今まで体験したことのない突然のゆれに、あわててストーブのスイッチを切りました。
その後は、何をしていいのかわからず、ただ呆然としていたことを覚えています。ゆ
れがおさまり、すぐにテレビのスイッチを入れました。でも、地震速報での震度は、
彦根の震度5などが最高でしたから、「それほど大きな被害もなかっただろう」と思
いながら学校へ出かけて行きました。
1校時が終わり、職員室へ戻ってみると、テレビに映し出されているのは、炎をあ
げて燃える神戸の街並みや倒壊したビルの様子でした。ただただ、驚きのみでした。
その後も放映され続ける映像は、悲惨な光景ばかりでした。
しかし、日がたつにつれ、激震直下の街は、「悲しみ」と「怒り」に塗りつぶされてい
くなかで、「やっぱり人間が好き」という「温かみ」や「情け」がかよいだしていきまし
た。全国から寄せられる救援物資、復旧活動や避難生活を支援しようと各地から
ボランティアが続々と被災地入りをして精力的に活動していきました。
あれから18年。震災の町は復旧し、どこで震災があったかのような町並みがテレ
ビに映し出されています。
しかし、一昨年は東日本大震災での未曾有の被害を経験しました。今なお多くの
人たちが仮設住宅や住み慣れた所を離れての生活を余儀なくされています。
阪神淡路大震災から18年を迎える今、そして間もなくやってくる東日本大震災か
ら2年。私たちは、今一度、震災の町へと心を運びたいものです。
そして、今なお震災の地で汗しておられるボランティアの人たち。そういった支え
合う善意の助力があってこそ、私たちの生活があるということも忘れたくはないもの
です。
最後に、子どもたちとともに震災で亡くなられた方々の冥福をお祈りいたしましょう。