先日、運動会のお話をしていたら、ある方からこんなお話を聞きました。
『私の孫はね、運動がからっきし駄目なんですよ。
走り競争してもいつもビリッコでしてね。この間
の幼稚園の運動会でも、やっぱりビリッコを走っ
ていたそうです。途中で孫の前を走っていた子ど
もが転んだんだそうです。そしたら孫の奴、転ん
だ友達が起き上がって走り出すのを待っていてや
って、まためでたくビリッコになったんですよ。
親も親で、そのことを喜んで話してくれましてね。
ハハ・・・・・』
人を蹴飛ばしてでも、先へ出ようとする人の多い今の世の中で、『あんた
馬鹿ね!転んだのを幸いに追い抜いてゆけばみじめなビリッコの思いを
しなくてもすんだんじゃないの!』と言いかねない親の多い中で、そのあ
たたかく、汚れなく、純なる心を、そっと大切に見守り育ててやろうとして
いてくださる両親やおじいちゃんの姿は、転んだ子どもが起き上がるの
を待っていてやるお孫さんの姿と共に、なんともうれしい光景です。
一般世間のモノサシは、たとえばマラソンならいかに早く走るとか、いか
に能率よく仕事ができるかというところにあるけれど、別のモノサシもある
と思います。
ウサギと亀が走り競争をしたという昔話がありますが、亀がウサギに勝
ったというけれど、どんなに走っても、ふつうに走ったら亀がウサギに勝
てるはずはありません。ウサギが怠けて昼寝をしていたから、亀が勝つ
ことができたのです。
そのことにどれだけの努力を払ったかというモノサシで測れば、ビリッコの
亀が一番ということになります。
1番2番という序列や結果よりも、その中身に何が盛られているかという
ことのほうが大切ですし、その過程が大切ということではないでしょうか。
1番2番より素晴らしいビリッコもあるということではないでしょうか。
どこに視点を置くか、考えてみたいものですね。