ある野球評論家の話では、一人の野球選手は1試合平均50回はベンチの監督の
顔を見るといいます。サインを見るのではなく、自分が何か失敗したことを監督はま
だ怒っているのではないかと顔色を見るのだそうです。そして、監督が何事もなかっ
たような顔付きでどっかり座っている姿を見てホッとし、「こんどこそ、何とかするぞ」
という気を起こすのが選手というものだそうです。
また、最近では、診察にみえた患者に対し、できるだけ優しくと心がけている医者が
ふえているそうです。患者が、「痛くて眠れません」と訴えたとき、「あ、そう」では患
者が離れていくそうです。
「そう、眠れなかったですか。そりゃ大変だ。直ぐに治しましょう」と、患者の痛みを
自分のものとして受けとめ、治療に当たるのがよい医者といわれています。
学校でも、二つの話に共通するように、子ども側に立った指導が大切です。
高村光太郎は、妻の智恵子のことを「人を信じることは人を救う。かなり不良性のあ
った私を、智恵子は頭から信じてかかった。いきなり懐に飛び込まれて、私は不良
性を失った。」と書いています。
また、愛の教育者として知られるペスタロッチは、一人ひとりの子どもを信じ切るこ
とによって、孤児たちの人間性と可能性を伸ばすことができたといいます。そして、
「教育とは、子どもを掌(たなごころ)の中に受け止めること」と述べています。
高村光太郎とペスタロッチから、私たちは様々なことを教えられます。その最大の
ものは、愛することと愛されることの素晴らしさということでしょう。愛することは、
受け容れることであり、信じ切ることだと思います。
子どもは理屈ではなく、自分が愛されていることを肌で直感します。その時、心が
満たされ、安定し、自信をもち、意欲的になるものです。
五個荘小学校に通う子どもたちに、無上の愛で接する日々でありたいと考える今日
この頃です。